≪学歴・職歴≫
昭和33年 兵庫県出石郡に生まれる。
        本籍は兵庫県西宮市 
        さいたま市西区在住 妻と1男・2女 
昭和52年 私立六甲高等学校卒業  
昭和60年 岡山大学医学部卒業、
        第79回医師国家試験合格 
平成元年  日本救急医学会認定医(専門医)取得  
平成6年  日本整形外科学会認定医(専門医)取得
平成元年〜6年 埼玉医大総合医療センター助手
           整形外科・救命救急センター兼務
平成7年  指扇病院 副院長、医療法人三慶会理事
平成10年  埼玉医大総合医療センター非常勤講師
平成16年  埼玉医大総合医療センター
        高度救命救急センター非常勤講師
平成18〜22年  大宮医師会理事

≪政治歴≫
平成13年 自民党宏池会(旧加藤派・現谷垣派)の候補者一般公募の合格者第1号となるがその直後に「加藤の乱」が勃発
平成15年4月 さいたま市議会議員選挙に初挑戦で初当選
平成19年4月 さいたま市議会議員2期目当選
平成20年5月 次期さいたま市長選挙に出馬表明
         自民党さいたま市議会議員団を脱会、無所属に
平成21年1月 自由民主党を離党
平成21年5月 さいたま市長選挙に出馬するも落選
◆市議2期目に「新市庁舎は新都心」と明記された旧3市(浦和・与野・大宮)の合併協定を反故にしてサッカー博物館を造ろうとする相川市政に異を唱え、長選挙に出馬するも「政権交代民主党」の嵐の前に敢え無く惨敗。但し、地元西区では清水勇人現市長、相川宗一前市長を抑えてトップ。  
平成23年4月 埼玉県議会議員初当選
◆『市庁舎がテナントとして入れば国際会議場・国際展示場・ホテルの国際コンベンション複合ビルを同街区に誘致可能で、合併協定も守られる』という同じ旗印を掲げて埼玉南3区から埼玉県議に当選して政界に返り咲く。
          

【座右の銘】

†「小善は大悪に通じ、大善は非情に似たり」
   
毛利元就も「善人には断は下せない」と同様の事を言っています。

‡「小人閑居して不善を為す」
   
2000年前の人が「ゆとりの教育は駄目だ」と看破しています。 

専門】
 
外傷・手の外科・末梢神経・マイクロサージェリー

 ◆切断指再接着その1     

  ◆切断指再接着その2

   ◆示指の母指化手術


【プロフィール】